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「再臨」、聞き慣れない言葉かもしれません。神が人となってこの世に来てくださったクリスマスのことを「初臨」といいます。神が初めにこの世に来て、この世に臨んでくださったということです。主イエス・キリストはこの世に来て、罪のないそのご一身に、人のすべての罪の責任を背負い、人に代わって神に裁かれ、神に捨てられ、血を流しきって死んでくださいました。そして私たちを救ってくださいました。その後、三日目によみがえると、四十日の間、弟子たちに現れ、励まして、それから天に昇り、雲の中に見えなくなられました。懐かしい救い主を、人類はこの世から失いました。しかし代わりに、神の御霊が来てくださって、「世と肉とサタン」との戦いにあえぐ人類を慰め、励まし、助けてくださいます。しかし人間は、やはりうめいています。悩み、苦しみます。
ところが、よみがえったキリストが昇天して天に帰られるとき、現れた天使はこう言うのです。「あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります」(使徒の働き1:11)。再びこの世に来られる救い主イエス・キリストの約束です。再び来て世に臨まれるというので、これをイエス・キリストの「再臨」と言うわけです。
この世の終わりの来る前に、いろいろな苦しみと悩みがあります。偽キリストの出現、惑わしと背信と混乱。そして戦争と、地震や飢饉やさまざまの災害。しかし、イエス・キリストはこれを「産みの苦しみ」だと言われます。
最後のとき、主イエス・キリストは昇天された同じ姿で再び来られる。そのとき、神を信じて死んだすべての人もよみがえって、天に携え上げられ、イエス・キリストと共に、究極的な平和、究極的な喜び、究極的な栄光の国に入れられて、そこで主と共に永遠を過ごすのです。究極の救いの時です。
それはいつかわかりません。
しかし、地球上のすべての民たちに、神の愛と救いの福音が宣べ伝えられて、そして終わりの日が来ます、と聖書は書いています。そのとき、一瞬の間に私たちは変えられて、「すべての死は勝ちにのみ込まれる」---大歓喜の時です。
聖書の言葉、イエス・キリストの言葉、「見よ。わたしはすぐに来る」(ヨハネの黙示録22:12)。
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