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クリスマス・ツリー、クリスマス・ケーキ、クリスマス・プレゼント・・・賑やかなクリスマスの中で、本当のクリスマスの意味をしっかりにぎっていきたいものですね。「神が人となってこの世に来てくださった」----これこそがクリスマスですが、いったい何のためだったのでしょう。イエス・キリストご自身が、その意味をこうおっしゃっています。 「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」(ルカ19:10) 神から離れた迷子を捜して、また神のふところへ戻すために、神は人となって、イエス・キリストとなってこの世に来てくださったというのです。あなたはご自分を「失われた人」「人生の迷子」と思われるでしょうか。迷子には、自分が迷っていると自覚している迷子と、全然自分が迷っていると気付かない、自覚していない迷子があると思うんですね。では、人生の迷子とは何でしょうか。 それは、自分がどこから来て、どこへ行くのかわかっていない人、そして、自分は何のために生きているのかわからない人です。こう考えてみると、「私も人生の迷子じゃないかしら」とお思いになりませんか。 次にイエス・キリストは、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです」(ルカ5:31-32)と言われました。これをお読みになってくださっている方で「私には罪はない。完全無欠だ」と心底から思っている人がいるでしょうか。おそらく一人もいらっしゃらないと思います。しかし「自分は悔い改める必要がある罪人だ」と思っている方はどうでしょうか。なかなかいないのではないでしょうか。夫婦げんかをすると、すぐ奥様のほうで「ええ、どうせ私が悪いのよ」と言うかもしれません。しかし実際は、「私も悪いかもしれないわよ。でももっと悪いのはあなたじゃない。私のこの不幸せ、あなたと結婚した時から始まったのよ」と食い下がる例も多いのではないでしょうか。自分は完全じゃない。自分も罪を犯した罪人だ。しかし「あの人のほうがもっと悪い、こんな小さなこと誰でもしている。私だってやる気になれば、明日からこんな悪いことやめることができる」と考えているのではないでしょうか。 しかし、考えてください。いまあなたの罪への傾斜は、ほんのわずかかもしれません。しかし、そのまま歩き続けて、永遠まで行ってごらんないさい。それは、天と地獄の違い、光と闇の違い、祝福とのろいの違い、いのちと死の違いになるのです。 神が人となってこの世に来てくださったクリスマスの目的----ツリーやケーキやプレゼントやカードじゃなくて、あなたに「悔い改め」て、つまり人生の方向転換、心のまわれ右をして、神と共に歩いてもらうためなのですね。
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