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「神の国はことばにはなく、力にあるのです」(コリント人への手紙第一・4:20)
人間が火を発見し、使うようになって以来、人間は新しいエネルギーを発見するたびに、大きな飛躍を遂げてきました。エネルギーは力です。人は常に力を求め、力の前に脱帽して来ました。経済力、軍事力、政治力、そして科学知識の前に。しかし、何がほんとうに人を生かし、幸福にし、価値あるものにする“真実のエネルギー”なのでしょうか。
アメリカ上院のチャプレン、リチャード・ハルバーソン博士はこう言いました。「今、ワシントンは、欲求不満が渦を巻いている。世界一の国アメリカの政治力を結集しても世界の問題を一つとして解決できないフラストレーション。どんな力をもってしても、人間の性質を変えることができないからだ。」…この演説は明らかに、政治力、軍事力、科学知識などあらゆる人間エネルギーの力の限界の告白ではないでしょうか。
神の中には、力があります。造り主、神の中にだけ、造りかえる力がある。しかも、この力強い神は、愛の神です。どうしたら、神とつなぎをつけて、この神のエネルギーをいただくことができるでしょうか。
人間と神を切り離している唯一のものは「罪」です。「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ」(イザヤ書59:2)
愛の神は、イエス・キリストの十字架によって、この人類の罪を赦し、きよめる道を備えてくださいました。「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です」(コリント人への手紙第一・1:18)
つまり、神はすでに愛し、赦して、救いの手をさしのべておられるのです。金や努力や善行で神の愛のエネルギーは買えません。
唯一の道は何か。悔い改め、砕かれた心で、神の愛に応えて信じることです。「主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから」(イザヤ書55:6-7)
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