根本的なことを根本的に考える

 狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。(マタイの福音書7章13-14節)

 「私は何のために生きているのか」「死んだらどうなるのか」「いのちとは何か」……こんな根本的な人生問題を真剣に考えたことがおありでしょうか。若い頃に誰でも一度や二度はあると思います。でも私たちは解答も解決も出ぬまま、いつしか、根本的なことを考えるのをやめてしまい、そしていつしか、流されるように歩き始めるのです。「なんとかなるさ」「なるようにしかならないのさ」「解決なんてない」「死んでみなきゃわからない」……。
 人生には、入学、就職、結婚とか大切な節目はもちろん、どれが正しいか、幸せの道か、選択や決断に迫られる重大な時がありますね。そんな時、根本的に考えてみるべきです。私が用いている方法を、ご紹介しましょう。
●取り得るすべての道をリストアップする。
●それぞれのメリット、デメリットを考えてみる。
●聖書は何を教えるか、全部考えてリストアップする。
●それを最初にリストアップした方法にあてはめ、原則にあわないものを消去する。
●それで二つ以上残っていて、自分で判断できない時は、神と聖書を愛する信頼できる先輩に相談し、祈ってもらう。
●そして、これこそ行くべき道だとわかったら、難しくても狭い道でも、神の助けを仰ぎつつ、導きにまかせて実行する。

 いきなり聖書が出てきて、いぶかしく思う人もありましょう。
しかし、聖書は「人生の説明書」なのです。人間を、ご自分の栄光と私たちの清く正しく幸せな生き方のために創造し、愛される神は、人生の目的も方法も力も、みんな説明書である聖書の中に示しておられます。聖書のいうように、悔い改めて神に従っていく時、細い登り道や辛い道が、きっと、幸せで価値ある永遠のいのちの道となるのです。ためしてごらんになってください。