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「見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。」(イザヤ書49:16)
いれずみ!?と聞くと、おだやかではないと思う人も多いでしょう。背中一杯に龍や観音サマや・・・とにかく人の目を威圧します。いい感じじゃありません。
ところが聖書には、神様がいれずみをする、と書いてあるのです。いったいどういうことなのでしょう。
第一に、決して私はあなたを捨てない、忘れない、ということです。ある時、近所の銭湯でこんな広告を見ました。「あなたのいれずみ消します。後悔している方、すぐお電話ください。秘密厳守。」…外国でも日本でも、腕や太ももに「○○○命」などと恋人の名前をいれずみする人がいます。お互いの愛を永遠不変と思い込んでのことですが、でもその愛を裏切ったり、裏切られたり。いれずみしたことを後悔することがどんなに多いことかと思いました。
ところが、神様は違います。
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選びました。」
(ヨハネの福音書15:16)
「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
(ヘブル書13:5)
わたしたちは忘れっぽい。しかし神様は決して忘れない。神が私たちの罪を忘れないつもりになれば、決して忘れない。旧約の詩人はうたいます。「主よ、あなたがもし、不義に目を留められるなら、主よ、だれが御前に立ちえましょう。」(詩篇130:3)
私たちは皆、臑に傷持つ罪人。心が汚れ、人生が汚れています。神はごまかせません。言い訳は通りません。
ところが、神はある時から私たちの罪をきれいさっぱり忘れて下さるのです。「わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。」(イザヤ書43:25)「わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」(エレミヤ31:34)
神は私たちのため救いの恵みを先払いして下さいました。イエス・キリストは、罪の身代わりとなって十字架の上で、死んで下さいました。よみがえって、私たちが罪を悔い、この救いの愛を受け入れるのを、千年を一日のようにして待っていて下さるのです。「神様、赦して下さい。信じます」と心の底から申し上げた瞬間から、神は私たちの罪をきれいさっぱり赦し、忘れて下さいます。そしてそれから、私たちの名を手のひらにいれずみして、いつまでも忘れず、愛し、大切にして下さり続けるのです。
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