忍耐は救いである

 あなたは忍耐強い方でしょうか。
 私の知っているある方のご主人は、ひどいアル中で家庭はメチャメチャでした。しかしまじめな彼女はご主人の病気を治そうと、嫌がるご主人を一週間に三日も断酒会に引っぱっていきました。それでもダメ。あきらめて夫を捨てて去ることを決めた時、クリスチャンの人が来て言いました。
「人間って自分だけじゃどうにもならないことたくさんあるのよ。あなただけじゃないの。みんな無力なの。でもね、罪を悔い改めてイエス様を信じてね、神様にお祈りできるようにしていただき、一生懸命信じて祈ってみたら。」その奥さんはイエス・キリストを信じて、実際に根気強く祈り続けたのです。
 長い話を短くしますと、ご主人のアル中が治り、二人の息子共々みんなクリスチャンになって、平和な喜びの家庭に変えられたのです。
 聖書に「主の忍耐は救いであると考えなさい」(ペテロの手紙第二3:15)とあります。もし神様が、私達と同じように気が短く、待つことがおできにならない方だったらどうでしょう。
 人類の罪を赦すため、私たちの身代わりになるために、イエス・キリストが十字架にかかり、血だるまになってお苦しみになっている時、十字架の下で祭司長、祭司、律法学者たちはみんな、“お前が救い主なら十字架から降りて自分を救ってみろ。そうしたら信じてやろう”、とあざけったのです。イエス・キリストが短気を起こし、十字架から飛びおり、罪人の罪を即座にさばいて地獄に送り込んだら、さぞやさっぱりしたでしょう。 でもイエス・キリストは、十字架から飛びおりて自分を救いませんでした。十字架の上で死にきり、私たちのための救いを成就してくださいました。その時から今まで、ずうっと、忍耐し待っていてくださるのです。私たち一人ひとりを愛し続け、赦し続け、忍耐強く待ち続けていてくださるのです。「ごめんなさい。信じます。救ってください」と心の底から祈って、私たちが完全に救われ、新しく造りかえられることを、じっと忍耐強く待っていてくださるのです。
 ペテロはこう言いました。「愛する人たち。神は千年を一日のように、ひとりでも滅びることを望まず、あなたがたに対して忍耐強くあられるのです。神の忍耐こそ、救いであると考えなさい」(ペテロの手紙第二3:8、9、15)
 私たちも、自分がまず第一に悔い改めて信じ、神の愛と力を信じて、人々のため、赦し続け、愛し続け、忍耐強く待てる人になりたいですね。