祈る(2)神の答えを受け取る

 ジョン・R・ライト氏に、『祈り---求める事は受ける事』という本があります。神さまは必ず祈りにこたえてくださるお方であることは聖書がいう通りです。
「私を呼べ。そうすれば私はあなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう」(エレミヤ書33:3)
 ところが問題は、私たちが、神に祈りながらその答えを受け取らないことです。
 ある人が天国に行きました。ペテロが、天国の中を案内して見せてくれました。天国は美しい、素晴らしい所でした。
 ところが、天国には似つかわしくない、大きな倉庫が立ち並んでいる所に来ましたので、「ペテロさん、あれは?」と訊きますと、「中を見せてあげましょう」ということ。中は、床から天井まで、びっしり荷札のついた小包、大包みでした。「地上のみなさんがお祈りをしたので、神さまが祈りの答えをお送りになったのですが、みな宛先人不明で戻ってきたんですよ。」
 私たちは、あれこれ祈っておきながら、神さまの祈りの答えを受け止めないで、すぐ祈りの座を立ち、うろちょろしてしまうのではないでしょうか。神さまの祈りの答えは、いつもあります。必ず、「はい」か「いいえ」か「お待ちなさい」なのです。
 都合の悪いときはもちろんです。私たちは、神さまの祈りの答えを受け取らないで、恋人の所へ走ったり、金貸しの所へ走ったりして、自分の欲しいものを受け取ろうとするのです。
 神さまは必ず、聖書の言葉を通して、なぐさめ、はげまし、導きを与え、聖霊さまを与えて、神のみ心に従う力をくださいます。それを私たちは受け取り、それを用いたら、清い、力強い、神に喜ばれる生活ができるのです。
 背広で、乗用車で出かけて、神さまの玄関のベルだけ押して帰って来ないで、労働着でトラックで出かけて、神さまの愛、きよめ、なぐさめ、はげまし、力、導きを満載して帰るべきなのです。

「義人の祈りは、働くと、大きな力があります。」(ヤコブの手紙5:16)