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「マザー・テレサとその世界」という映画を作った千葉茂樹さんというディレクターは、フィルムを編集しているうちに、そのしわだらけのおばあさんが美しく見えてたまらなくなったと告白しています。彼は、マザー・テレサのうしろ姿、しわだらけの手、黙って人の言うことに耳を傾けて聞く姿、この三つに心惹かれたと書いていました。私も「そうだ、女の人のビューティ・ポイントは、やはりこの三つにあるな」と感心したのです。
第一に、女の人の背中です。
旅行の途中で、水戸の偕楽園の梅見としゃれこんだのです。あいにくの雨で冷え込みました。そこで一組の親子に目がとまりました。お母さんは、もう十六、七歳とも思われる小児マヒの息子をおんぶして、傘もささず、雨と汗が一緒になって顔中流れていました。息子にはビニールの雨具をかぶせ、お母さんはニコニコして、一本一本の梅を、語りかけては息子に見せているんです。なんと尊い、美しい背中だろうと思いました。
第二に、女の人のしわだらけの手です。
出版社のマネージャーのIさんは、若い頃、自分自身の力に溺れこみ、気がついた頃には酒色に身を奪われ、家庭は火の車、夫婦の仲も思わしくなくなっていました。奥さんはご近所の外人さんのメイドにやとわれて働きました。
ところが、その外人さんは優しいクリスチャンでした。いつのまにか奥さんも心を開いて神さまをその真ん中に迎えました。心に光を、温かさを持つようになった奥さんは、ご主人のために祈り、一生懸命愛して仕えました。やがてそのIさんが、キリスト教講演会に出席し、思いきって、こんな自分を愛し、罪を赦すために十字架にかかられたイエスさまを信じました。心に光がさしこんで、これでやっていける、立ち直れると思ったそうです。
家に帰ったIさんは奥さんの手をしっかりとって「悪かった。赦しておくれ。おれもお前と同じに神さまを信じてやり直しだよ」と言いました。「その時のしわだらけ、ザラザラした女房の手ほど、ありがたく美しく思ったことはなかったですよ」Iさんの述懐です。
さて第三に、女の人の聞く耳です。
マザー・テレサは、何十分、時には何時間もかけて、死にかかった老人や見捨てられた子どもたち、ハンセン氏病の病人たちの言葉に耳を傾けたのです。そんなひとりひとりが「神さまは私をも愛していらっしゃる。神さまは私の言うことに耳を傾けてくださる。神さまが私をこの世に生かしてくださったのだ」と感じるのだそうです。子どもの言うことに、時間をかけて聞いてあげるお母さんの耳、美しいと思います。
マザー・テレサは、ある集会で近くにいた牧師さんに、ポケットからつまみ出した5センチほどのちびた鉛筆を出して見せて言ったそうです。
「これが私です。こんなちびた鉛筆のような私でも、神さまの手に握っていただけば、結構まだ何でも書けますよ。お役に立ちますよ。」
神さまの愛の手に握られた時、背中、手、耳といわず、みんな美しいものになるのではないでしょうか。
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