けんそん(3)

 みな互いに謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。(ペテロの手紙第一5:6)

 愛

 第三に、謙遜と愛との関係を考えてみましょう。コリント人への第一の手紙13章4節からちょっとお読みします。
 「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」

 読んですぐわかることは、「ほんとうの愛=ほんとうの謙遜」「ほんとうの謙遜即ほんとうの愛」ということです。
 私の父と母とは、喧嘩をするために結婚したんじゃないかと疑いたくなるようなところがありました。そんな父が、長い病床生活で求道しつづけた末、自分の罪を認め、そんな自分のために、十字架の上で死んでくださった神さまの愛をお受けし、信じた時、最初に出た言葉は、「お母さん、長い間私が悪かった。赦しておくれ」これでした。罪を悔いた心に、神さまの愛が注がれ、神さまの愛があふれたのでした。
 その父の謙遜な愛のこもった真実の言葉が、長い長い敵対の時代にピリオドを打ったのです。それは父が地上で吐いた最も美しい、偉大な言葉だったと今に思うくらいです。
 罪を悔い改めきった謙遜な心に、神さまの愛が滝のように流れ込み、神さまを信じて安らいだ心から、愛がまた泉となり、小さな川の流れとなって流れ出るのです。

 謙遜な人の忍耐深い愛が人々を変えます。人々に仲直りと平和をもたらします。傷ついた心をいやします。人々に神さまの恵みを運ぶんですね。