これらすべてのことの中にあっても(1)

 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」
(ローマ人への手紙8:37)
 人生には、実に色々なことが起こってきます。パウロは言いました。「患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険」これらは実に、彼の生涯で一つ一つ現実に遭遇したことでした。しかしパウロは、これらすべてのことの中にあっても、いつでも圧倒的な勝利者でした。ヘトヘトになって、もう立ち上がれないやっとの勝利者ではない。昔の聖書の訳では「勝ち得て余りあり」となっていました。勝っておつりがくると訳した人もありました。
 人生から、色々の苦しみや悲しみ、つらい事やさびしいことをなくしてしまうことは決してできません。これらのことから逃げ出したり引っ越したりすることは絶対にできないのです。
 しかし、すべてこれらのことのまっただ中にあっても、圧倒的な勝利者となる道があるのです。
【勝利への鍵】
 私は今目をつぶると、さまざまな人の姿が浮かびます。

 脳性麻痺とてんかんと筋ジストロフィで施設のベッドの上に寝たきりの人。夫を亡くした上、自分も癌であと一ヶ月の命と宣告され、小さな二人の子どもさんを抱えているご婦人。
 際限もなく、私は「これらすべてのことの中にある」人々の姿を思い浮かべることができるんです。あなたも、ひょっとすると今、言いようもない、慰めようもない「これらのことの中」にいらっしゃるかもしれませんね。
 ところが、私が目をつぶって浮かんでくるそれらの人々の姿はまた「しかしこれらすべてのことの中にあっても」いつも圧倒的な勝利である方々の姿なんです。
 一人の老クリスチャンは、朝ごはんの時、めまいがして倒れました。死ぬ時が来たと直感した彼は、娘をそばに呼びました。聖書を開かせ、ローマ人への手紙8章37節のところを読ませました。
 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」
 「そうだよ、この通りだよ。お父さんは朝ごはんの時に倒れてこんなふうだけど、夕ごはんの時には天国に凱旋するよ。」

 そのクリスチャンは言葉通り、人生の最後の敵--死にまで、余裕しゃくしゃく、打ち勝って勝利の凱旋をしました。
 多くの人は、金とか財産とか、名誉、権力といったモノの中に人生の勝利を求めています。しかしモノではないんです。お方なんです。
 イエスさまは富める愚かな農夫の話をされました。大豊作で一生かかっても食べきれないほどの収穫がお百姓さん。大きな倉をいくつも建て貯えました。「さあ、もう大丈夫。一生遊んでいても食べていける。」安心しきっていたお百姓さんに神さまはおっしゃいました。「愚か者よ、お前の命は今宵取られるのだ。」
 モノではだめなのです。死に打ち勝ち、あなたを永遠の勝利にたずさえてくださる方、このお方をあなたの救い主とすることこそ、人生の勝利の鍵なのです。これこそ握っていなければならない鍵なのですね。