「おもいわずらいの克服法」

 世の中には、心配や思いわずらいの材料が山ほどあります。しかもその大部分は、自分の力でコントロールできない、断ることもできない、運命的な物事ですね。ですが、それらにどう対処するか、対応の仕方によって大きな違いが出てくることも事実です。つまり、心配や思いわずらいは心の問題だとも言えるのです。私たちの側で、どんな事が襲いかかっても対応できる態勢を整えることができればOK。でもそんなことが可能でしょうか。私は可能だと信じています。

 まず、死んでも死なない永遠のいのちを手に入れること。次に、どんな時にも勝ち抜き得る、いのちの力を持つことです。このことを、天地万物の造り主、全知全能の生ける本物の神が、私たちを愛し、かけがえのないものとして大切にしてくださる愛の神として、私たちの救い主、主イエス・キリストに信じ従うすべての人に対して可能にしていてくださるからです。私を含めて、多くの人々がこの事を体験しました。パウロは聖書の中でこう言いました。
 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ人への手紙8:28、31、37)

 思いわずらいを克服する具体的な第一のステップは、どんな時にも神を信頼することです。
 旧約の詩人は歌いました。「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」(詩篇43:5)

 第二のステップは、神にいつも祈ることです。聖書は言います。「何も思い煩わないで、…あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ人への手紙4:6、7)

 一日一日を、神の恵みで生きる----これが第三のステップです。イエス・キリストは言われました。「あすのための心配は無用です。神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイの福音書6:34、33)

 第四に、神がいつも共にいてくださることを忘れないことです。イエス・キリストは言われました。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル人への手紙13:5)