「みなしごの父」

 まずお便り紹介です。
三重県で入院中のAさんからいただきました。「いつも聴いています。この番組(ラジオ「世の光」)が心の安らぐ時です。もっと体験談を聞かせてほしいのですが、限られた時間内のことですので。毎日大変ご苦労のことと思われますが、末長く続けてください。自宅に戻ってもラジオは聴こうと思います。」
Aさん、もうご退院のことと思いますが、たま近況お知らせください。ありがとうございました。
 さあ、今日の聖書の言葉です。詩篇第68篇5節「みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神。」(詩篇68:5)
 みなしごも、やもめも、気の毒な人です。父と母に捨てられて、三歳の時からあちらこちらをたらい回しにされて育ったご婦人が、突如として脅迫神経症という重い病気にかかりました。一枚の皿を洗って拭くのに二時間かかり、ひと組の靴下を洗って乾かすのに一時間かかり、目の前に泣いているわが子をだっこできず、ついに一日中トイレにこもりきりになったその若い母親。精神科医は、幼い時に体も心もみなしごになった経験、だれにも愛されなかった心の傷がこの病気の原因です、と診断しました。
 この診断をうらがきするように、彼女がみなしごの父、愛なる神を信じて祈る人となってから、この病気からも解放されて、喜ぶ人、祈る人、感謝する人になりました。
 「時には母のない子のように」という古いニグロスピリチュアルがあります。「母のない子どものように寂しい時がある。母のない子どものように、……。故郷から遠く離れた私の心よ。もうおしまいだと感じる時がある。もうおしまいだと……。故郷から遠く離れた私の心よ。罪の中に溺れている人よ。なぜ祈らないの……。故郷から遠く離れているその心よ。」
 みなしごでなくてもみなしご、やもめでなくてもやもめがたくさんいる。神が天のお父さまになってくださる喜びを知った人よ。一人でもいい。そんな人の友となって、仕えてあげようではありませんか。
「みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神。」(詩篇68篇5節)

(羽鳥 明)