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「新しい命」ってなんでしょう。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしたお母さんに、「生みたての赤ちゃんですね」と思わず言ってしまったことがありました。「卵じゃあるまいし、生みたての赤ちゃんなんて」と笑われてしまいましたが、ちょっと失礼でしたね。でも、生まれたての赤ちゃんの命こそ、新しいホヤホヤの命ですね。
でも、その新しい命も一年一年と古くなり、やがてお決まりの時を迎え、99%の人が今だに恐れている、死の向こうの暗黒な運命に呑み込まれてゆくのです。
ところが、イエス・キリストは、「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(ヨハネの福音書3:3)と言われ、死の向こうの暗黒な運命さえ消し去ってしまう、永遠の「新しい命」のあることを示唆されました。
蛙の子は蛙、人の子は人で、いくら最新鋭の遺伝子工学によって遺伝子の組み替えをすることができても、人の力では、まったく新しい遺伝子を設計し、生み出すことはできません。神によって新しく生み出していただかないかぎり、死と黄泉に打ち勝つ「新しい命」、死ぬことのない「永遠の命」に生きることはできません。
聖書にこのような言葉があります。
「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」(ローマ人への手紙6:23)
十字架の上で血を流し、イエス・キリストは、この新しい命の切り口を、私たち罪人に提供してくださいました。悔い改めて信じる心で、この神の命の切り口に密着して、初めてこの新しい、永遠の命に生きられるのです。
死と滅びの運命に打ち勝ち、神の新しい命にあずかり、神の子としての祝福に生き、全く新しい人生の目的、価値観、使命にも生きる新しい人となるのです。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(コリント人への手紙第二5:17)
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