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聖書の中に、イエス・キリストを尊敬し、信頼し、愛して従い仕えた、多くの女性のことが記されています。その中で、ガリラヤ湖西岸の町マグダラに住んでいた、マグダラのマリヤが一番有名でしょう。彼女は名もなく貧しい女性でした。彼女は七つの悪霊にとりつかれて、その体も精神も、どうにもならない悲惨な有り様でした。マグダラの町でこのマリヤを知らない人はなかったでしょう。
しかし、昔も今も、どうにもならない悲惨な状態の人はたくさんいます。マリヤが有名なのは、そのことによってではありませんでした。
マグダラのマリヤは、イエス・キリストの愛と力によって、この状態から完全にいやされ、健全な人となったのです。ですから、マリヤは心から信頼し、イエスに仕えました。イエスが捕らえられ、引き立てられて行くと、他の弟子たちは皆にげました。しかし、マリヤはイエスが血を流して死ぬまで、十字架の下に立っていました。墓に葬られたのも見ていました。三日目の朝、死体に油を塗りに行った時、墓はからっぽでした。途方に暮れていると、復活されたイエス・キリストが「マリヤよ」と言って現れました。
マグダラのマリヤは、イエス・キリストの復活の事実を見た最初の人だったのです。
イエス・キリストの福音、つまり十字架にかかられて死に、三日目に復活されたイエス。
この十字架と復活のイエス・キリストこそ、人をどうにもならない悲惨な状態から救い出すことができるのです。神の救い主である事実を誰よりも早く体験し、実証した生き証人こそ、このマグダラのマリヤだったのです。
イエス・キリストの福音は、昔も今も信じ難いミステリーです。でも、生き証人がいたので、今も、見ないで信じて、どうにもならない人生の悲惨さから救われて、新しい喜びの人生を体験する人々が、後をたたないのではないでしょうか。
イエスは言われました。「見ずに信じる者は幸いです。」(ヨハネの福音書20:29)
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