5月5日は「こどもの日」ですね。日本に「こどもの日」があることは、楽しいことですね。麗しいこととさえ思っています。
 子どもは、やんちゃでいたずらでわがまま。手がかかります。心配の種です。しかし、万葉の歌人も歌ったように、子どもは白金にも黄金にも、どんな玉にもかえられない宝です。
 聖書の中でイエス・キリストは、「幼子のようにならなければ天国に入れない」と言われました。聖書によると、幼子(子ども)のすばらしさは三つあります。
 第1に、素直に心から自分の弱さ、愚かさを認めている、真実な謙遜。第2に、素直に欲しいもの、必要なものは手を差し出して受け取る、真実な信仰。第3に、そうだと思ったら即時に従う、真実の実践。これらはみな、偽善的で建て前と本音の違う大人と異なったポイントですね。
 元東大教授で今は亡き愛する友S博士は、偉大な学者でしたが、幼子のように素直に神を信じ、従うクリスチャンでした。
 学生たちから「先生はイエス・キリストの復活とか、イエス・キリストが五つのパンで五千人をひとり残らず満腹させた話など、そのまま信じているのですか」などと聞かれると、「はい。イエスさまは神さまですからね」と答えていました。
 荒野で五千人の人々が丸一日、飲まず食わずで熱心にイエスの話を聞いていました。イエスは、無から有を産み出す全能の力で、その五千人に腹一杯食べさせることもできたでしょう。しかし、イエスはもうひとつ不思議なことをなさいました。ひとりの子どもが、自分の持ってきた五つのパンと二匹の魚の弁当をそっくりイエスに捧げたのです。イエスは、その五つのパンと二匹の魚をさいて、五千人全部に与え、五千人全部が満腹したのです。
 靴屋の丁稚小僧だったD.L.ムーディ(後にアメリカの大衆伝道者)も、イエスの愛に感激して、献金箱がまわってきた時、小さな紙切れに「D.L.ムーディ」と書いて入れ、自分自身を丸ごと神に捧げました。神は、ムーディを全世界ですばらしく用い、多くの人の心の中に奇蹟を起こされているのです。