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「一年の計は元旦にあり」と言います。私は元旦の朝早く、聖書の開巻冒頭の言葉を朗唱して新年を始めます。「初めに、神が天と地を創造した」という言葉と、旧約聖書の箴言3章5節、6節、「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」
そして、新約聖書マタイの福音書6章33節、「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」
そして、長年用い慣れた聖書通読ガイド『みことばの光』の1月1日の割り当て箇所を繰り返しよく読み、朝の祈りにかかります。ここ数年、2〜3時間かけて祈りの時を持ちます。
何が人生の目的、生きる意味なのでしょうか。今まで何回も記してきましたが、私が16歳の少年の日、争いの絶えない、暗い寂しい家庭で生活し、人生の目的、生きる意味が分からないで煩悶していました。争いがあったり、悲しみ、苦しんで死んでいくのが人生の目的だとしたら、いっそのこと、今死んだほうが楽ではないかと思ったことがありました。そのような短絡的な結論を出して、自殺を試みたこともありました。
ところがそのような私は、ひとりの老婦人宣教師の汗と涙によって、イエス・キリストを紹介されたのです。そして、私は神に造られた私なのだということがわかったのです。私はそのとき、生きる意味を知らされました。
私と私の家族は生まれ変わることができたのです。
1648年に作られたウェストミンスター信仰告白には、「人は何のために生きるのか」という問いに対して、「神を喜び、神に喜ばれるために」という答えが書かれています。
今は家族ともども、このことを基準として人生を設計し、幸いな家庭を築くことができています。
今までいろいろなことがありました。また、これからもいろいろなことがあるでしょう。でも、いつも神を見上げ、神を喜び、神を信じ、神に従って、神に喜ばれ、神によってまっすぐにしていただいた道を歩みたいものです。
そして、いつの日にか、神のみ前に至るものとさせていただきたいと願います。
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