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南北、東西に細長い日本では、多くの人々があちらこちらに小さな春を見つけ、春の色を見、春の香りをかぎます。
人生にも春があるのではないでしょうか。寒い厳しい凋落の季節。嘆き、悩み、むなしく、求めても得られない苦しみの冬の季節。そんなときに人は、春の声、永遠なる神の声を聞く。そんな「人生の春」。
聖書の中の人生の春の声を思い出します。
「私の愛する方は、私に語りかけて言われます。『わが愛する者、美しい人よ。さあ、立って、出ておいで。ほら、冬は過ぎ去り、大雨も通り過ぎて行った。地には花が咲き乱れ、歌の季節がやって来た。山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。いちじくの木は実をならせ、ぶどうの木は、花をつけてかおりを放つ。わが愛する者、美しい人よ。さあ、立って、出ておいで。岩の裂け目、がけの隠れ場にいる私の鳩よ。私に、顔を見せておくれ。あなたの声を聞かせておくれ。あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい…』」(雅歌2:10-14)
惨めな、悩める者。見捨てられたような者。生きているより死んだ方がましだと思っていた、そんな私を人生の春へと呼びさますようなこの言葉を聞いたのは、16歳の春でした。何のために生きるかわからず、毎日真っ暗な失望の日々、争いの絶えない日々を過ごしていました。やがて死ぬために生きているのか、と悩み苦しんでいた私に、ひとりの友を通し、ひとりのおばあさんの宣教師を通して、永遠の救い主、神からの招きの声を聞いたのです。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの」(イザヤ書43:4、1)
私は岩の裂け目から顔を出しました。がけの隠れ場から出てきて、永遠の人生の春を見つけたのです。
聖書の中の春の招きの言葉、
「わが愛する者、美しい人よ。さあ、立って、出ておいで。ほら、冬は過ぎ去り、大雨も通り過ぎて行った。地には花が咲き乱れ、歌の季節がやって来た。…わが愛する者、美しい人よ。さあ、立って、出ておいで。岩の裂け目、がけの隠れ場にいる私の鳩よ。私に、顔を見せておくれ。あなたの声を聞かせておくれ。あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい…」(雅歌2:10-14)
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