祈りは聞かれるか

 日本語版『ニューズウィーク』誌の社会欄に、8ページにわたって「神に祈りは届いているか」という記事が載ったことがありました。神への祈りを通して、不思議な素晴らしい神の助けを体験した例から、祈りは単に困ったときの神頼み、依頼心なのだとする考えまでいろいろと紹介されていました。
 この『ニューズウィーク』誌の世論調査によると、アメリカでは54%の人が一日一回以上お祈りをする。神は祈りに答えられると考えている人は87%なのだそうです。日本人のこのようなアンケートの結果は知りませんが、初もうでには何千万という人が祈りますし、困ったときに祈るというのが一番多いのではないでしょうか。

 あなたはどんなときにお祈りをしますか?

 祈りについては疑問もあるわけです。「あの人の祈りは聞かれたのに、私の祈りは聞かれなかった。神はえこひいきをするのか」とか、「祈って聞かれたというが、それは単なる偶然なんじゃないか」とかですね。
 聖書には祈りについて多くのことが書かれています。祈りがかなえられたこともたくさん載っています。不妊の女性が熱心に神に祈った結果、子供が与えられたとか、不治の病いの中から一生懸命祈った人が治ったという例。自分の罪を告白して祈った結果、神の許しと心の平安を得たという例です。また、どうしたら祈りは聞かれるか、どんな祈りがかなえられないかということも説明されています。
 しかし一番大切なことは、祈る相手がはっきりしているということではないでしょうか。祈る相手がはっきりしていなくては、それこそ祈りが答えられたのかどうかも不確かなわけです。
 天地を造られた創造主なる神。私たち人間の創造主。しかも私たちひとりひとりを愛し、心にかけ、最善のことをなしてくださる方。何よりも人となって来てくださった神、キリストを聖書を通して知るときに、この方に向かって祈るのだとはっきりするわけです。相手を知れば知るほど信頼できる方として信じて祈れるわけです。何よりも祈りは、この創造主、神に近づき、心からお交わりをすること。心の深いところで神さまとの一体感、キリストとの一体感を持てることです。
 そこに「天の父よ、お父さま!」と呼びかけることができ、神さまとの交わりを妨げる罪から救ってくださるキリストの名前によって、大胆に何でも祈り、求めることができるのです。
 こんな祈りの中に、主は生きておられることを実感し、体験するのが信仰です。

(安海靖郎)


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